3.11から2週間

江戸東京
03 /27 2011
3月11日午後2時46分当時、
僕は会社に、妻と娘はマンションの自宅にいました。

妻は立つことができないくらい揺れて
娘と寄り添って揺れが収まるのを待ち、
地上階に階段で降りて、同じマンションの知り合いと一緒にいたそうです。
僕は社員とともに近くの小学校の校庭に移動しました。

自分の安全を確保できたら
心配なのは家族の安否です。

TwitterやFacebookといったインターネットサービスは
地震直後につながりにくくなった電話やiモードなどと違って、
いつものとおり利用することができました。

おかげでパパ友の安否と動きを知ることができ
ご近所からのヘルプを受けることが可能となり
心強い思いがしました。

そういうわけで、
妻にもスマートフォンを持ってもらい
Gmail、Twitterなどの緊急連絡手段を確保することにしました。

Galaxy Sのホワイト・ヴァージョンが出ていたのでそれを購入。
※リアカバーが白、縁の部分がシルバー。
Galaxy S


東北の被災者の方々の悲しみ、苦しみそして不安は
私が想像していることよりもはるかに超えていると思います。

無事な私たちにも余震、原発、停電と不安はまだ続きます。
子供たちには、大人がその不安を少しでも軽減してあげたい。

日本に住む当事者である私たちが
力を合わせるときなのだと思います。

コメント

非公開コメント

おいらはちょうど地下のスタジオにいました。叩いていないシンバルが揺れ出し、アンプやPAスピーカーが歩きだし、「これはヤバい」と地上に出ると交通はマヒ、ビルは目視できるほど大きく揺れてそれはすごい騒ぎでした。
東京であれだったのですから、震源地ではさぞ凄かったと思います。まだまだ被災地の方は大変な苦労をされていると思います。一人一人出来ることからしっかり力を合わせたいですね。

地下でもそんなに揺れたすか。
スタジオはシェルターみたいな構造だから、少しだけ安全かもですね。ぶらさがっているPAの下はNGですが。

地震はまだ起こるという前提で、どういう日本をつくるか。
みんなで考えていきましょう。